要約

  • NSFは1980年、単一のネットワークではすべてのホストと利用者に十分ではないという前提からCSNETを構想した。最も高価な接続を共通の入場条件にせず、異なる物理サービスの上に研究共同体をつくった。
  • ARPANET、TelenetのX.25を使うIP接続、PhoneNetのダイヤルアップ・メールは同等ではなかった。PhoneNetでは遠隔ログインやファイル転送はできない。それでも中継、アドレス変換、名前サービスによってメールが他の経路へ届くため、限定サービスが実用的な入口になった。
  • 初期費用を下げるだけでは開放性は続かない。運用支援、会費、障害時の責任、識別情報の移行可能性まで含めて初めて、段階的な参加は恒久的な二級扱いと区別できる。

ARPANETの外側にいた研究者

1980年前後、電子メールの効用は明らかになっていた。しかしARPANETへの接続は、どの大学でも購入できる一般サービスではない。防衛研究との関係を持たない計算機科学部門は、共同研究への参加を望んでも、同じ回線や設備を得られなかった。

NSFの1980年年次報告は、この不足を一枚の新しい物理網で直ちに埋めるとは書かなかった。孤立したホストから高速なプロセス間通信まで要件が異なる以上、複数のネットワークを組み合わせる必要があるとした。

1981年に始まった実装では、ウィスコンシン、パデュー、デラウェア、RANDの各チームが三つの入口を用意した。既存のARPANET接続、商用データ網TelenetのX.25上で動くIP、そして電話でメール中継機に接続するPhoneNetである。

同じ共同体に入っても、受け取る機能は同じではない。ここを曖昧にしなかったことが重要だった。

PhoneNetは「遅い完全接続」ではない

PhoneNetのサイトは中継機に電話をかけ、送信待ちのメールを渡し、到着済みのメールを受け取って切断した。照会頻度は必要性と電話料金で決まる。遠隔ログインもファイル転送もない。

それでも、メールは研究上の質問、ソフトウェアの相談、原稿、運営判断を運べた。完全接続の固定費を負担する前に、共同体で最も価値の高い用途の一つを使えたのである。

限定サービスが本物の入口になるには、返信が戻らなければならない。RFC 886は、PhoneNetのサイトがARPANETのホスト表に載っておらず、返信先を解決できない問題を記録している。中継機は、ARPANETから到達できる中継ホストを示す形へアドレスを書き換えた。美しい解決ではなかったが、相互運用を宣言ではなく動作として成立させた。

RFC 882のドメイン名とメール転送の例にもCSNETとARPAが登場する。単純なワイルドカードでは多段の名前を処理できないという限界も示された。境界は消えず、より構造化された仕組みに置き換えられていった。

所有しない伝送網でIPを動かす

もう一つの経路では、パデューのチームがIPデータグラムをX.25公共データ網で運ぶ方法を整備した。RFC 877はCSNETなどが採用した標準を記録する。

Telenetが商用伝送を供給し、CSNETがその上でIPサービスを成立させた。NSFが新しい全国専用網を建設するまで待たず、より豊かな接続を利用できたのである。もちろん料金、地域、技術的制限への依存は残る。それでも上位の通信方式を一つの物理網の所有関係から切り離した意味は大きい。

論理ネットワークとは差異の不存在ではない。共通部分を、異なる所有者や課金方式の上でも実装できる範囲に絞ることである。

回線図に描かれない基盤

CSNETの名前サーバーは、利用者、所属、メールボックスの情報を扱った。Coordination and Information Centerは文書とソフトウェアの配布、問い合わせ対応、会計や請求を支えた。

こうした機能が、小規模サイトでも参加を反復できるものにした。一方で、中継停止、誤った名前、支援の不在は新しい単一障害点になる。境界サービスの運用品質もネットワーク品質そのものだった。

NSFの資金は五年間に限られ、CSNETは会費と利用料による自立を求められた。1986年には大学、政府、産業の研究組織が165以上、利用者が5万人以上に達した。NSFの後年の記録では、小規模部門の約2,000ドルから大規模企業会員の3万ドルまで費用に幅があった。最盛期を約200サイト、約15か国との接続とする回顧もある。

この成長は需要を示すが、普遍的な平等を示さない。「開放」は計算機研究共同体を対象とし、一般市民を意味しなかった。会費は単一助成への依存を減らす一方、新しい入場線にもなった。

CSNETは1987年にBITNETと組織統合してCRENとなり、サービスは1991年に終わった。橋の成功は、橋そのものが永続することではない。利用者と知識が後継基盤へ移れるなら、終了は役割達成の一部になり得る。CSNETとNSFNETを同一視すべきではないが、接続能力の統一より先に参加を広げられることをCSNETは実証した。

出典と証拠の限界

当時の資料は目標と機構を、後年の当事者資料は規模と影響を示す。全サイトの完全な運用記録ではなく、PhoneNetを完全なインターネット接続とみなすこともできない。