要約

  • クラウドの「出口」は少なくとも三つに分けて考える必要がある。事業者から全面的に離れる全面離脱、一つまたは複数のサービスだけを移すサービス単位の切替、そして複数クラウドを継続的に並行利用するマルチクラウドである。AWS、Microsoft Azure、Google Cloudはいずれも移動負担を軽くする制度を持つが、三つの用途に同じ条件を適用しているわけではない。

  • 英国とEUでは、法規制と競争当局の圧力によって可搬性が「善意による値引き」から契約上の権利へ移り始めている。一方、その権利は請求先国、送信元地域、ネットワーク経路、同一組織内利用か第三者向け配信かといった条件で細かく区切られる。2027年にEUの切替料金が撤廃されても、継続的なマルチクラウド通信まで一律無料になるわけではない。

  • 英国CMAの調査が示したのは、エグレス料金だけをクラウド固定化の原因と見る危うさでもある。大量データの同期では料金が重要になり得るが、サービス間の技術差、PaaSへの依存、移行に必要な人員と改修、コミット支出も選択を狭める。市場を見るなら、「出口の単価」ではなく「実際に出口を使える条件」を比較する必要がある。

出口は一つではない

企業が「クラウドを移す」と言うとき、その意味は大きく異なる。

全面離脱なら、目的は既存事業者で対象サービスを使わなくなることだ。データを一度まとめて別クラウドや自社設備へ移すため、短期間に大量の通信が発生しやすい。ここでは無料エグレス期間や移行猶予が効く。

サービス単位の切替では事情が違う。例えばデータベースだけ、分析基盤だけ、あるいはストレージだけを別の事業者へ移し、残りは従来のクラウドに置く。全面離脱を条件にした制度しかなければ、この選択には使えない。

さらに別物なのが継続的な並行マルチクラウドだ。二つ以上の事業者に処理を分け、日常的にデータを往復させる。この場合、一回限りの「退出」ではなく、ネットワーク費用が運用コストとして繰り返し発生する。

この三つを一つの「ポータビリティ」にまとめると、市場の実態を取り違える。

英国CMAの2025年最終報告も、切替とマルチクラウドを制約する要因を単一の料金問題として扱っていない。大容量データやクラウド間同期ではエグレス料金を懸念する顧客がいた一方、調査対象の多くは再開発、インターフェース差、専門人材、移行作業などの技術的負担を強く意識していた。料金が重要でないという話ではない。重要度がワークロードごとに変わるという話である。

AWSでは国と用途が権利を変える

AWSの世界向け離脱制度では、AWS Supportを通じて申請し、対象となるデータ移動についてクレジットを受ける。現在の通常の移行期間は90日で、利用後にAWSアカウントそのものを閉鎖する必要はない。つまり「データを外へ出すこと」と「顧客関係を終了すること」は切り離されている。

ところが英国では別の契約地理が重なる。

AWS UK Customer Switching and Portability Addendumでは、英国をAccount Countryとする適格アカウントを基礎に、切替予定日の少なくとも2カ月前の申請と180日の移行期間を定める。対象サービス全部を離れる全面切替だけでなく、一部の適格サービスを離れて残りをAWSで使い続けるサービス切替も定義されている。

並行利用にも別の仕組みがある。同Addendumでは、移行ではなくAWSと宛先事業者を同時利用する場合、一定のデータ転送をAWSの費用を超えない料金で扱う。ただし目的は顧客自身による宛先サービスの内部利用であり、エンドユーザー、顧客、その他の第三者へのデータ配信は外れる。

同じ「AWSから外へ」という通信でも、退出なのか、サービス切替なのか、平時の並行利用なのかで適用される制度が違う。

ネットワーク製品を見ると差はさらに具体的になる。AWS Interconnect – multicloudには1GBごとのAWS側データ転送料金はないが、接続自体には帯域と経路に応じた時間料金がある。他社クラウド1社、AWSリージョン1つにつき500 Mbpsの無料枠を1本設定できるものの、接続先事業者は自社側の料金を独立して請求できる。送信元AWSリージョンと接続地点の組み合わせも価格階層を左右する。

「エグレス無料」という三文字だけでは、総費用は分からない。

Azureでは請求先と経路が交差する

Azureの世界向け離脱制度は、インターネット経由の移行エグレスについて最大60日分のクレジットを申請できる仕組みを持つ。Supportへの事前申請が必要で、移行後には関連するsubscriptionを解約することが原則になる。ExpressRoute、VPN、Azure Front Door、CDNなどの専門サービスによる転送は、この通常のクレジット対象には含まれない。

英国向け条件はこれより広い。請求先住所が英国にあり、英国のデータセンターからデータを送る顧客には、期間が180日に延びる。Azure全体から離れる場合だけでなく、単一サービスを終了する切替も対象になり得る。Microsoft Premium Global Networkを使った経路についても英国発の条件付きで扱いが拡張された。

並行マルチクラウドでは、また別の適格性判定が入る。EEA、EFTAまたは英国の請求先を持ち、対象地域外に顧客データを保存するケースを除き、同一組織が別クラウドで処理するための転送について原価ベースの扱いを申請できる。申請にはSubscription IDだけでなく、外部宛先のASNや、そこへ向かう通信の割合も求められる。CDNのように別の顧客へ配信する用途は対象外だ。標準ISP経路かMicrosoftのネットワークを使うかによっても条件が違う。

ここでは、企業の法的な請求先とパケットが通る経路が同じ料金制度の中で交差している。

Googleでは宛先を登録する

Google CloudのExit Cloudも、単にデータを転送すれば料金が消える制度ではない。

まずExit Noticeを提出し、所定期間内に移行を開始する。移行期間を終えた後にはCompletion Noticeを提出し、離れる対象サービスの利用を終了する。無料転送は対象製品からインターネットへデータを出す退出行為に結び付けられており、そのサービスを使い続けながらデータの一部だけを移す通常運用とは区別される。

EU・英国の並行利用に対応するData Transfer Essentialsは性格が反対だ。こちらは退出ではなく、同一組織のサービスが複数クラウドにまたがる運用を対象とする。

当初の料金は無償だが、対象は指定されたサービス、ネットワーク階層または地域に限られる。外部IP接続を使い、宛先を設定し、認識対象のASNに結び付けなければならない。第三者の利用者へサービスを届ける通信は通常料金に戻る。設定したIPプレフィックスが条件を満たさなくなれば、その宛先への通信も通常のインターネット転送料金で計算される。Data Transfer Essentials自体にはSLAもない。

さらに、すでに無料退出制度の対象として登録されたサービスは同時にData Transfer Essentialsの対象にはできない。退出と並行利用が制度上も別々の行為として扱われていることが、ここでも分かる。

規制は料金ではなく契約を変え始めた

EU Data Actは2025年9月12日から適用されている。第25条は、事業者間の切替やオンプレミスへの移行に関する顧客の権利と供給者の義務を、書面の契約に明記するよう求める。これは可搬性をキャンペーン価格ではなく契約条件として扱う方向転換である。

第29条は切替料金を段階的に撤廃する。2027年1月12日までは、切替に直接関係する費用を超えない範囲の料金を課せるが、それ以後は切替プロセスに対する料金を顧客に課せない。

しかし、それを「2027年から欧州ではマルチクラウド通信がすべて無料になる」と読むのは誤りだ。第34条は、複数のデータ処理サービスを並行利用する場合、実際に発生するエグレス費用を超えない範囲で費用を転嫁することを認めている。退出の切替料金と、継続利用するネットワークの費用は別勘定なのである。

この区別こそ重要だ。市場が必要としているのは、すべてのネットワーク利用を世界一律ゼロ円にすることではない。退出する権利、部分的に切り替える権利、並行利用する権利について、どこまでが料金に含まれ、何が適格条件で、どこから通常料金に戻るのかを事前に読める状態である。

英国はまだ結果を測る前にいる

英国CMAが2026年3月31日に公表した文書は、AWSとMicrosoftが英国顧客向けに進める変更を記録した。180日の移行期間、単一サービスの切替、原価水準のマルチクラウド転送、契約上の権利化、クラウド間の直接接続などである。CMAはこれらを最終回答とはせず、追加措置を促し、顧客と競合から証拠を集めたうえで6カ月後に進捗を検証するとしている。

2026年8月22日は、その検証より前だ。

したがって現時点で言えるのは、権利と約束が以前より具体的になったことまでである。それによって実際の切替がどこまで容易になり、買い手の交渉力がどれだけ変わり、新規・小規模事業者への需要がどれほど動くかはまだ証明されていない。

CMAの2025年調査自体も、その点では慎重だった。技術的障壁とエグレス料金はともに選択を制約するが、顧客ごとの影響は均質ではない。特にPaaS、データベース、ID管理などへ深く依存したシステムでは、データを送れるだけではアプリケーションは移らない。コミット支出が残っていれば、技術的に移動可能でも経済的には既存事業者へ支出を集中させる誘因が残る。

可搬性は品質競争の条件になる

クラウド市場における問題の中心は、「移動できるファイルが存在するか」ではない。実用的な可搬性がなければ、便利なサービスそのものが顧客に対する権力へ変わる。

良い供給者が顧客をとどめる理由は、出て行くことへの恐怖ではなく、性能、信頼性、価格、機能、運用品質であるべきだ。だから出口は、使われる回数が多いほど成功する制度ではない。使おうと思えば使えると顧客が信じられることに競争上の意味がある。

地理も消す必要はない。データセンターの位置、ネットワーク経路、法律の適用範囲、請求主体は現実のサービスを編成する。しかし、その地理が読みにくい例外条件を積み上げ、顧客が契約後になって初めて移動費を理解するような商業的支配へ変われば、競争を弱める。

ここでインターネット番号レジストリの制度をクラウドにそのまま重ねる必要はない。扱う資源も、市場構造も、役割も異なる。借りるべきなのは制度そのものではなく、共通条件を薄く、明示的にし、外部から検証可能にするという発想である。

クラウドの可搬性に請求先があること自体は、必ずしも問題ではない。問題なのは、その請求先から何の権利が生まれるのかを買い手が設計前に比較できないことである。

必要なのは世界共通のゼロ料金ではない。アプリケーション設計、データ配置、ネットワーク構成、長期のコミット支出が固定される前に、退出、部分切替、並行利用のそれぞれについて権利を読み取り、比較し、実際に検証できる市場である。

出典